前章
老犬生活
10歳を過ぎ、老犬となる域に入ってきました。寝る時間こそ増えたものの、日々の散歩も食事も、ほとんど変わらない日々でした。
白い体毛のおかげで白髪はあまり目立ちませんでしたが、少しずつ毛並みが固くなっていきました。
それでも、茶目っ気たっぷりなチャチャ丸は健在でした。
深夜のおやつ
アメリカ支社の同僚との会議のため、午前2時や3時に起きては数時間仕事をしてまた寝る、ということが続きました。
仕事が終わり、もう一眠りのために、部屋の電気はつけず、携帯電話の明かりを頼りにベッドに戻ろうとすると起きて待っているチャチャ丸さんがいました。
仕事の終わりを待っていたよ、と言わんばかりの顔に切なくなり、おやつをあげることにしました。
影絵が出来上がり、チャチャ丸との生活を改めて愛おしく思えた瞬間でした。
続く一進一退
皮膚病との戦いは、相変わらず一進一退、少しずつ悪化する繰り返しでした。皮膚病が原因であるかさぶたが少しずつ増えても、シャンプーでどうにかごまかしていく日々。シャンプー自体も、体への負担になってきていたため、若い頃のようには出来ませんでした。
それに加え、10歳を過ぎてからの1年は、チャチャ丸にとっても、とても大きいものでした。
11歳、12歳、と1歳年齢を重ねるにつれ少しずつ痩せていき、目やにの量が増えたことが更に痩せた印象となっていきました。
散歩はまだまだ現役でした。
少し気になるのは、寝起きにふらつくこと。寝起きの立ちくらみは人間でもあることなので、様子を見ていました。
ところがある日・・・。
失神
ベッドから起き上がったチャチャ丸が、そのままコテッと倒れました。両足がうまく動かない、というようにもがきながら、悲鳴のような鳴き声を30秒ほど上げ続けていました。
それから起き上がり、普通に過ごしていました。
しかし、これまで一度もしたことのない咳き込みをするチャチャ丸。夕方になるにつれ、呼吸がさらに苦しそうになっていました。
これは一度診てもらおうと、動物病院に走りました。
年齢もあり、犬種の特徴として心臓病、特に僧帽弁閉鎖不全が発症してもおかしくないだろう、という初見から、レントゲンを撮りました。
レントゲンの結果
そこに見えたのは、食道に詰まる「なにか」。
獣医師さんから「昨日、なにか大きめなものを食べたりしましたか?」という質問に対し、日頃大好きなおやつ、少し硬めの砂肝をあげたのを思い出しました。
獣医師さんが機転を利かせてくれ、チャチャ丸を縦に持ち上げ、少し揺らしてくれました。
すると、チャチャ丸が溜飲するような仕草をしました。
もしや?と獣医さんと顔を合わせました。改めてレントゲンを撮ったところ、その「なにか」は消えて、おなかの方に移動していました。獣医師さんは一言・・・
きっと、その少し硬めのおやつが食道で滞留し、隣りにある気道を塞いでいたのだと思います。
飼い主の認識責任
これまで共に過ごしてきた経験から、実に「チャチャ丸らしい」診断に、緊張が解けクスッとしてしまいました。同時に、チャチャ丸が老犬になってきていることが体感としてやってきて、とても申し訳ない気持ちになりました。飼い主として一番そばにいて理解しなければならないにもかかわらず、希望的な未来を見ていて、目の前にある老化から目を逸らしていたことに気が付きました。
その日、これまであげていた硬めのおやつをすべて処分し、チャチャ丸が食べやすいおやつを買い直しました。
あのときはごめんね、チャチャ丸。
再度、失神
それからしばらく、また普段通りの生活を送っていました。寝起きのふらつきは若干ありつつも、通常通りの生活が続いていました。
冬に向かい、寒くなってきた季節の変わり目の日、再度チャチャ丸は失神しました。前回とは異なり、急に頭をひしゃげたように床に伏せ、身体から徐々に力が抜けていくような状況で、悲鳴を上げながら倒れ込むようにして。前回とは失神する時間も異なり、1分以上もその状況が続きました。
2分弱経ったのち、少し荒めの呼吸になり、意識、身体にも力が戻ってきたようでした。
普段と同じような表情に戻りましたが、少し震えつつ、不安そうな顔をしていました。
おやつを詰まらせたときから、半年が経過していました。あれからおやつも変えており、原因は違う可能性が高いと判断し、再度動物病院へ行きました。
レントゲンの結果
前回のように、食道に詰まる「なにか」はありませんでした。
年齢に応じた心臓の肥大はわずかに認められるものの、それほどではなく、これ以上はCTやMRIによる検査でしかわからないだろう、という診断でした。
残念ながら、かかりつけの動物病院にはCTやMRIがなかったため、救急救命に対応している動物病院を紹介していただき、連携して頂いた上でタクシーで向かいました。
救急救命用動物病院にて
早速、CTとMRIを実施していただきました。他にも救急救命もあり、順番を踏まえて待機すること3時間、診断に呼ばれました。
まず間違いなく「僧帽弁閉鎖不全症」だろう、ということでした。
僧帽弁閉鎖不全症
心臓弁膜症とも略され、高齢のマルチーズでは発症しやすく、宿命とも言えるのがこの僧帽弁閉鎖不全症だそうです。心臓の弁がしっかり閉じないことで血液が逆流し、酸素が全身に行き渡らないために心臓は更に頑張ってしまいます。酸欠や心臓への負担により、いずれは心不全、肺水腫になり、死に至ってしまう病です。
選択肢
いつかこの日がくることは覚悟していました。しかし、フィラリアやワクチンを除いた、日々の投薬をチャチャ丸にする日が来たことを実感していました。
僧帽弁閉鎖不全症のために出来ること、それは・・・
- 機能不全に陥っている弁膜を手術により治療
- 投薬による心臓の機能補助と負荷軽減
になるそうです。
もちろん1.の選択肢により手術も可能ですが、以下の考慮が必要になるということでした。
- 再発の可能性
- 手術費用が高額(数百万〜)
- 高齢犬への麻酔リスク
チャチャ丸には、出来るだけ苦しくない、自然のままの一生を送らせてあげたい、と思っていました。いわゆる、QOL(Quality of Life)を優先し、投薬を選択しました。
投薬開始
心臓弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症での投薬は、以下2種類でした。
- ピモハート(慢性心不全症状の緩和):朝晩2回・半錠ずつ
- アピナック(ACE阻害薬・血管拡張):晩1回・半錠ずつ
これを毎日、なんとか飲んでもらわなければなりません。
チャチャ丸にとってはさらに辛いことは、心臓弁膜症の進行がある程度見られるため、今後の散歩は辞めた方が良いということでした。
投薬により、チャチャ丸が苦しまずに済むことは嬉しいことでした。それとは別に、これまで13年続けてきた生活が、一気に落ち込んだように感じました。
救急救命病院からの帰り、晩秋の風がいつもよりも乾き、冷たさを感じる夜でした。
投薬の効果
投薬が始まり、散歩がなくなりました。そのため、13年間外すことのなかった首輪を、外してあげることにしました。
投薬開始前後で睡眠の時間が変わることはありませんでした。ここ数年は僕のベッドで(僕よりもスペースを使って)良く寝ることが多くはなってきていましたが、何よりも心臓弁膜症:僧帽弁閉鎖不全症の発作が起きて苦しむことがなくなったのは何よりでした。
完全に安心してくれている、といえば聞こえは良いのですが、犬としての警戒心も減ってきていました。
食事や薬の時間になると起こされる、というくらいの表情をしたりします。
僕を見て育ったせいか、時々、僕の枕を使って寝ていたりすることもありました。
新しい老後
投薬は想定された通りの効果をもたらしてくれました。
チャチャ丸はまた新しい穏やかな老後の生活を始めました。
長い冬が終わり、それでも桜が咲く頃には公園まではキャリーバッグで移動し、そのときだけ首輪をつけて少し日向ぼっこをしたりしていました。
耳は遠くなったのか、慣れすぎてしまって聞かないふりを覚えたのかわかりませんが、僕の呼びかけへの反応は少なめになってきました。目は左目が白内障気味になりつつも日常生活には何ら支障はありませんでした。
皮膚病の悪化
散歩を失ったことで少しずつ筋力が落ちていき、食欲もそれに沿って少しずつ減っていきました。体重が少しずつ減っていくことで、老化だけではない、免疫力が減っていく要因となってしまったのか、少しずつ、乾くことのないかさぶたが増えていきました。
投薬の補充と合わせて動物病院に時々連れていきました。乾くことのないかさぶたへの対処療法として2週間に1回、抗生物質の注射を開始しました。しかし、抗生物質の注射も長い効果は得られず、心臓弁膜症・僧帽弁閉鎖不全症の投薬と共に、抗生物質の投薬を開始しました。
なんとなく、これ以上の改善は難しいのかもしれない、という思いがどこかにありました。
緩やかな下り坂のどこかで訪れる、最悪の事態をいつかは想定しなければいけない。
そう思いつつも、人間とは勝手なものだと思いました。
これから始まるだろう、チャチャ丸にとっては辛く、更なる介護になったとしても、出来るだけ長くそばにいてくれたらと願っていました。
想いを感じ取ってくれたのか、チャチャ丸は15歳の誕生日を迎えました。
チャチャ丸は、16年目の季節を必死に生きていてくれました。
コメント