第1章・出逢い:チャチャ丸といた16年間

目次

序章

 

 

「犬を飼いたい」

将来、まだ相当先の未来。

いつかは、と思っていた程度でした。

ミュージシャンとして小さな芸能事務所に所属できたものの、頂くわずかなお仕事だけでは生活を支えることはできず、ほとんどの収入は駆け出しITエンジニアとして賄っていました。

 

自分すらままならない23歳、犬を飼うことなど許されない、と。

 

ある日のこと

所属芸能事務所から小さなお仕事を頂きました。同じ事務所の先輩で、紅白歌合戦にも出場されたことのある方のお仕事でした。いわゆるバーターでしたが、ほぼ帯同に近いお仕事とはいえ、公共放送局による地方での番組収録(2泊3日のお仕事!)、意気揚々と向かいました。

 

場所は、福島県郡山でした。

 

テレビ収録のお仕事

とかく地方でのテレビ収録は、リハーサルと本番の2日間に分かれていることが多くありました。2日間だけ行けばいいじゃないか、と思われるかもしれません。ですが、地方までの移動でトラブルがある場合等に備えたり、本番の収録が深夜になったりしたりすると前泊や翌日帰りをして余裕をもたせ、結果2泊3日となることがありました。

 

そして、このお仕事は前泊でした。

 

リハーサル日

翌日、リハーサルのため、10時に会場に入りました。

リハーサルと一言でいっても、ドライ(カメラなしで、音響・衣装・立ち位置チェックなどを行う)・カメリハ(カメラワークのチェック)・ランスルー(本番同様リハーサル)の段階があります。しかしながらスタッフの方々が何度も経験している歌い手や曲となれば把握してくれていることが多く、ドライやカメリハは現場マネージャーが代役を務めて済ませてしまうことがあります。この日はまさにそれでした。

 

エスケープ!?

10時に会場に入っても、次の出番「ランスルー」は17時からでした。それまでの間、待つことしかすることはありません。そこに先輩が来て、一言。

 

遊びに行こう

 

これまでに何度か連れ出されたことはありました。リハーサル中であっても会場を出てしまうことに慣れている先輩ですが、僕はそうではありませんでした。そんな緊張する僕を連れ、すぐ近くにあったペットショップに入っていきました。

 

ペットショップにて

郊外型店舗のようなペットショップは、販売している個体をそれぞれ透明のショーケースで個別に分けているものの、犬と猫のエリアが分かれているわけではありませんでした。先輩は猫を他頭飼いしている根っからの猫派です。僕も先輩に続きました。猫を見ている先輩が、飼っているにも関わらず、同じ種類のアメリカンショートヘアーを抱かせてほしい、と店員さんに伝えました。

 

それを見ていた僕が思ったのは率直に

 

先輩は、(また)家族を増やすのかな?

 

ということでした。

 

すでに2頭のアメリカンショートヘアを飼っていましたが、3頭目の家族を迎えるようなことを先輩は示唆していました。旅を続ける仕事でも帰るときに待っている子たちがいるということ、先輩にとっての猫の存在は、家族なのだなと見つめていました。

 

不意に言葉をかけられました。

 

あなたも、どの子か試しに抱かせてもらったら?

 

思ってもいなかった言葉にたじろぎましたが、抱くだけならタダ!経験しないままの人生なんてもったいない!としつこく勧めててくる先輩に根負けし、選ぶことにしました。

 

透明なひとつなぎのショーケース、猫と犬の境界線に唯一いた仔犬。

 

チャチャ丸との出逢いと共に、飼うことを決めてもいないのにその名前が浮かんだ瞬間でした。

 

生まれて3ヶ月、思いきり手を広げれば乗ってしまうような大きさの生命をどう抱き上げればよいのかも知らないまま、優しく、落とさないようにと両手で包み込みました。

 

あれ?私、なにか間違ったことしていますか?

 

手の中で小刻みに震える仔犬は、更に強く、小さな両手両足でしがみついてきました。

 

犬は高いところが苦手なんですよ

 

震えが収まらないこの仔犬を抱くうちに、なんとか守ってあげたいという思いが芽生えた瞬間でした。

 

仕事に戻るも・・・

その後、ペットショップで他の仔犬・仔猫たちも見てから会場に戻りました。ランスルーまでまだ数時間ありましたが、心が落ち着きませんでした。

 

出逢ってしまった仔犬ランスルーを終えた頃にはペットショップは閉まっているだろう、明日(本番の日)にまた見に行くような時間はないだろう、まだ生活が安定していない中でペットを受け入れる余裕なんてあるのか。

 

相談

そんな悩みを抱えつつも、ランスルーを終えてホテルに一旦戻り、夜の食事に先輩と出かけました。そこで、抱き上げた瞬間に名前が浮かんでしまったあの仔犬が気になっている、と相談しました。

 

先輩は全てを察したのか、発したことはたった一言でした。

 

私も先日実家で柴犬が亡くなったから、新しい子を迎えることにするわ。だから、あなたも飼いなさい。

 

翌日の収録本番を待つ楽屋からペットショップに電話、飼うことを伝えました。

僕とチャチャ丸の、16年に渡る物語が始まりました。

 

次章

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